圏論復習その2
前回圏の定義を与えました。圏論のモチベーションには圏の比較があったので、今日は圏の間の射である関手を定義します。
1.2 関手
関手の定義は非常に簡潔です:
定義:圏の間の関手(functor)とは
- 対象を対象に移し、
- の射をの射に移す
もので、次の関手性(functoriality)を満たすものを言う:
- 恒等射は恒等射に移す()
- の合成可能な射の組に対して
圏とは乱暴に言えば対象と射の集まりなので、要は関手とは圏のデータを圏のデータに移すものです。(ただし関手の像だけ見ても一般には圏になりません。簡単な反例が存在します。)
例1:簡単な例に忘却関手(forgetful functor)と言うのがあります。これはのような集合の上の構造を忘れる関手のことで、関手性を満たすことは明らかです。
例2:上の例は当たり前すぎて何かの役に立つようには一見見えません。もう少し面白い例は基本群(fundamental group)です。位相幾何の話になるので厳密な定義はここでは避けますが、位相空間(topological space)の基本群とはの一点を取ったときにを起点とするループのうち連続変形させても一致することがないようなものがいくつあるかを表します。
例えば
- 中身の詰まった円板の基本群はです(どんなループも縮めれば1点にできる)。
- 円周の基本群は整数環です(円周に紐を何回巻きつけたかは連続変形で保たれる)。
基本群の像は群構造を持っていて尚且つ関手的なことが厳密に証明出来るのですが、この例の面白いところはたったこれだけの事実からかなり非自明な定理が導き出せる点にあります:
定理(ブラウアーの不動点定理):円板を再び円板に移すような任意の連続関数は必ず不動点を持つ。すなわちあるが存在して.
証明:不動点を持たない連続関数が存在したと仮定する。すると円板上の任意の点に対してなので、始点でを通る半直線が常に定義できる。この半直線と円周との交点をとしよう。が円周上の点であればなので、次の合成射は恒等射になる:
ここにの関手性を用いると、以下の合成射も恒等射である:
しかし、なので、そんな合成射が存在するはずない。(証明終)
位相幾何学や代数幾何学ではこの手の関手性を用いた議論は頻繁にする印象です。関手性は定義自体非常にシンプルなのに一気に数学的議論を飛躍させてくれる点が面白いですね。
次回は関手の射である自然変換を定義します。これで圏論の最主要人物たちは全て出揃います。